精神療法とは何かみたいなこと9。病名というカード。

「これまでと現在、そして未来の展望がちゃんと伝わっていれば、病名は聞かれない。病名をたずねられるのは、こっちの負けなんだわ」

…と、習いました。一年目の頃です。

勝ったり負けたりしています。一年目に教えてもらっておいてよかったことのひとつです。

 

 

病名を告げるとして。いったいどういう病名を(どのレベルの病名を)いつ伝えるのか、これ、間違えると治療そのものを壊すというか患者さんの人生全体に悪影響を与えかねないと思います。

 

 

どういう病名を、というフレーズに、違和感をもつ人もいるでしょう。「病名はひとつでしょう? ひとつじゃないとしたらそれはまだ診断が決まっていないということでしょう」 そうでも、ないんですよね。

たとえば、上司のパワハラで気分が落ち込み食欲も落ち…な人が来たとしましょう。

・『適応障害』が一般的な病名でしょうね。原因と現状、今後に言及しています。最近は皇后陛下を例として使わせていただくことで、患者さんに理解してもらいやすくなりました。

しかし、

・『うつ病』でも、症状だけに注目すれば「嘘にはなりません」。このように言ったほうがいいケースはあります。うつ病という病名はこんにち、よく知られていますから、その「うつ病」ということばにこだわっている人がときどきいます。そのこだわりといまは戦うべきではないと判断すれば、うつ病と伝えるかもしれません。職場によっては、「うつ病」であれば伝わるけど、ほかの病名では… ということもあります。本人にどう伝えるかはさておき、診断書などにうつ病と書くことはわりとよくあります。

・『自律神経失調症』であっても、同様に、嘘にはなりません。これも、このような病名であれば「わたしはおかしくないということだ」と信じている人はいますので、暫定的な病名として伝えることはありますし、軽い場合はじっさい、この病名で通すこともありえます。

・『抑うつ状態』というのは、暫定診断です。頭痛、みたいなものですね。これは、暫定であると強調したいときだけではなく、適応障害というと「環境のせいでわたしはわるくない」とか言い出してトラブルになりそうだったりうつ病というと「そうか病人だからわたしは休むだけでいい、会社との調整? そんなもの知りません」とか言って話が進まなくなりそうだったりする人には、使うかもしれません。めったに使いません。

 

ほんとうはこれだけど、書類にはこう書いておくね(嘘じゃないし)みたいなことも、言うかもしれません。

 

 

上記は診断が確定していたケースです。確定していなくても、たとえば、うつ病はなるべく早く伝えます。病気です、治療できます、治ります、だからいま自殺しないでください、という意味ですね。また、病名がつくということは、「世界中でわたしにだけ起こった、わたしのおかした罪に対する罰としての現状」ではなく、たとえばインフルエンザとある意味同じカテゴリーの「病気」にすぎないという意味でもあります。また、たとえばわたしには、「わからない」部分があるかもしれないということも、含むかもしれません。重症うつ病のつらさの一部は、日常からの類推をこえたところにあるからです。

そのいっぽうで、統合失調症についてはものすごく慎重になります。世の中告知が流行ってますけれども、わたし自身は、実を言うと、告知はしないほうがいいケースがあるのではないかと考えていますし、90%は統合失調症(でも他の可能性も10%)、というケースでは、言わないことのほうが多いです。ちなみに、確定診断するほどわかりやすい症状をそなえていて、これまでの歴史もそうとしか思えない人ばかりではありません。確定診断とまでいかないときには、「神経過敏」「ノイローゼ」あたりをよく使います。じっさい、昔で言うところのノイローゼとしかいいようのない人も、ときどきいます。ただし、再発したら告知しよう、と待ち構えてはいます。いちおう。

これは、統合失調症という病名に歴史的にまとわりついているイメージのせい、だけでなく、統合失調症の状態?にある人が、その病名をつけられることによって受けると思われるダメージが、わたしがケアできる範囲を超えていると考えるからです。かりに言うとしても、「とりあえず、書類的には、統合失調症ということにしておきますか」「あなたの症状には、統合失調症でよくある、といわれている症状と同じものがいくつかあるようですね」「統合失調症的部分もある、という感じでしょうか」「統合失調症の治療が効くかもしれません」とか、実を言うと限りなく正確に、言ったりします。そう、ぜったいに!と言い切ることが難しい病気である以上、ほんとうに正確に言うと、そういうことになっちゃうかなとも思っています。

 

 

病名は、気になれば聞いてもいいんですよ、もちろん。病名を聞かれた聞かれなかったで一喜一憂しているのは、わたしを含めた少数の精神科医だけですからね。