自分の意に反して相手の言いなりになってしまうことについての二次被害について。

わたし自身の話をしましょう。

とある職場の先輩の、言いなりになっていた時期があるのです。半年くらい続きました。一つだけ例を挙げると、彼の思いつきを論文のスタイルに書き上げるという作業を3ヶ月で終わらせ、和文とはいえ業界の一流雑誌に投稿・受理まで持っていった、というものがあります。その論文は彼がのちに、「論文についても取り下げます。あずささんを傷つけておいてあの論文はありません」とのよくわからない理由でわざわざ取り下げたため、日の目は見ませんでした。(カッコ内は彼のメールそのままです。日本語が不自由な人なので、意味がわかりづらい、というか、いまでも意味がわかりません)当時はわたしもまだマインドコントロール下にいたため反論もできずそのままお蔵入りです。わたしの3ヶ月… (ちなみに、論文執筆には、普通6ヶ月〜1年くらいかかるのが普通です。わたしは大学院には進んでおらず、よって論文三昧の日々を送ったこともありませんので、もっとかかってもおかしくなかったのです)

 

わたしが受け取っていたのは、「自分(その先輩)は精神状態が悪い上に家庭のことでも悩みが多い。そうやって追い詰められている上に仕事も多忙、ということは多くの人に必要とされており彼らに対する責任は重い。このような苦境にある人間の頼みを無視するのは、精神科医失格である」というメッセージでした。

以前書いたとおり、「あずさは人間関係が下手で、多くの人があずさの存在を迷惑に思いあずさのことを嫌っている。というメッセージも繰り返し送られてきており、ついには、わたしの理解者は彼くらいしかいない、と思い込まされるに至っていました。

太郎くんと花子ちゃんの話(過去記事参照)と、同じパターンです。チーズケーキをゆずらなければ、そもそも精神状態の悪い彼が3日間寝込んでしまう、と、花子ちゃんが太郎くんにチーズケーキをゆずるにいたった、それとそっくりですよね。わたしの自尊心を下げることで、よりかんたんに言いなり状態を実現しています。

 

・精神状態が悪い/悩みが多い(精神科医がケアするべき内容の可能性あり)

・そのような苦境にありながら患者さんのために働いている

・彼を必要としている患者さんはたくさんいる

これは、わたしにとってもっとも効果的に働くメッセージでした。精神状態に問題がある人に対して冷たく接することは職業柄難しいですし、自分と同じ仕事をひょっとしたら自分よりりっぱに行いそして多くの人に必要とされている人が、どうなってもいいとは思えない。自分が主治医でなくても、彼の診ている患者さんの病状が悪くなるのは避けたい(だって、彼が倒れたら、彼の診ている患者さんたちはきっと動揺しますよね)。

 

そうして、花子ちゃんと同じく、わたしは自ら進んで、彼の命令を実行するロボットと化していたのでした。患者さんたちについての命令は一切実行しなかった、それだけは救いでした。患者さんたちに迷惑をかけていたら、立ち直りはずっと遅れたと思います。

 

その結果のうち最悪のものが、わたしの自尊心へのダメージです。もうほんとにボロボロでした。

・自分は人間関係が下手で他人に嫌われている

・自分には、その先輩しか頼る相手がいない。他の人々は自分を軽蔑している。

と、刷り込まれた上に、

不本意なことを自発的にやった、気がする

・でもほんとうは自分がそう望んでいたのかもしれない

混乱していました。自分が何をしたいのか、もっといえば、自分が何者なのか、わからなくなっていました。

 

・先輩の言いなりになってやったことで誰と誰に迷惑をかけた

・しかし、不本意と言いながら、直接命令されたわけではないので自己責任?

・そもそも最初からそういう行動を望んでいた?

・わたしって二重人格?でも、その間の記憶もあるしやっぱり違う?

・自己責任なのに他人を責めようとしている最低の人間かも?

などと悩むことになったわけです。

 

そして誰にも相談できませんでした。同じ病院に勤めている心理士さんのうち2人とは仲良くしていましたし信頼もしていましたけれど、それでも言えませんでした。のちに、年下の同僚も同じような目に遭っていたことが判明し、彼女の相談に乗ることはありました。彼女が立ち直る助けにはなったと思います。しかし、わたし自身の話はほとんどできませんでした。

 

「だって、直接命令されたわけではないのにやったことって、すべて自己責任だよね。文句を言う筋合いはないし、わたしの意志ではなかったなんて、催眠術でもないのに通るはずはない。だれにも理解されるはずなんてない」

 

説明する自信がなかったというのもあります。ここで「自己責任だよね」と言われたら、もう立ち直れないという確信もありました。幸か不幸かポーカーフェイスは得意なので、なにごともなかったように診療も含め振る舞ってはいましたけれど、ほんとうにほんとうに、つらかったです。実をいうと、太郎くんと花子ちゃんの記事を書くまで、自分に何が起きていたか明確には理解していなかったのです。やっと解放された気がします。

 

 

以前の記事はこちら。太郎くんと花子ちゃんのお話です。

選択の自由とか自分をネタにした脅迫とか、自分の意志が行方不明になってしまうトリックとか。 - 精神科医的ひとりごと(仮)

隠された脅迫に応じてしまいやすい人の特徴。論理が自分の役に立たないケース。 - 精神科医的ひとりごと(仮)

選択の自由が奪われていることについての責任を、正しい場所に返すということ。 - 精神科医的ひとりごと(仮)

親切にしてあげることと、罪悪感から相手に尽くすことの違いについて。 - 精神科医的ひとりごと(仮)