選択の自由が奪われていることについての責任を、正しい場所に返すということ。

太郎くんが「精神状態の悪い自分が、3日間くらい寝込むかもしれない」と主張することで、自分の食べたいチーズケーキを花子ちゃんから奪ってしまうお話の続きです。

選択の自由とか自分をネタにした脅迫とか、自分の意志が行方不明になってしまうトリックとか。 - 精神科医的ひとりごと(仮)

隠された脅迫に応じてしまいやすい人の特徴。論理が自分の役に立たないケース。 - 精神科医的ひとりごと(仮)

 

花子ちゃんにはお兄さんがいます。

2日目、二人がそれぞれ、チーズケーキとアップルパイを食べようとしたとき、お兄さんが現れました。お兄さんは、昨日も今日も、一部始終を見ていたのだといいます。

「太郎くん、そんな言い方をしたら花子は断れないに決まってるだろう。絶対断れない言い方をしておいて、チーズケーキが食べたいなら食えばいいとか、そんなの、じゃあチーズケーキを食べますなんて答えられるわけがない。アップルパイが食べたかったとか、心にもないことを言えと強制するとは卑怯だ。いますぐ取り消しなさい。」

お兄さんは続けます。

「いまからじゃんけんね。本来なら、昨日太郎くんがチーズケーキを食べたんだから、今日は花子がチーズケーキを食べる番だがね。まあ、じゃんけんにしようか」

花子ちゃんはあわてました。太郎くんが病気だと聞いたから、自分は当然チーズケーキをゆずるものだと思っているし、太郎くんは悪くない、アップルパイを選んだのはわたしだし、怒るならわたしでしょう?

「それは違う。花子が自分からチーズケーキを譲りたいと思って譲るのと、こうやって強制されて、断ることができない状態で譲るのと、この二つはぜんぜん違うんだよ。たとえ太郎くんが具合が悪いと言っているとしてもだ。それに、強制されて言った内容は無効だよ。花子は悪くない」

花子ちゃんは目を丸くしています。さて、と、お兄さんは太郎くんに向き直りました。

「太郎くん、病院には行った? 病院で、チーズケーキを食べないと寝込むって言われたのかい? もしもそう言われたとして、チーズケーキを食べる必要があるのなら、お母さんに頼むのがスジじゃないのかい?」

太郎くんはうつむいています。行ってないです、と、小さい声で答えました。

「じゃ、病院に行こうね。病院の先生に、チーズケーキのこと、ちゃんと聞いておくんだよ。そういうことなら、このチーズケーキは花子のものだな」

 

この、お兄さんの話には、いくつかのポイントが含まれています。

 

まず、「そんな言い方をしたら、花子は断れない」ということをはっきりさせていますね。太郎くんが花子ちゃんに、自分が進んでチーズケーキをゆずったのだと思い込ませようとしているのに対して、それは強制に過ぎず、花子ちゃんはそのように思う必要はない、と告げているわけです。これは、いまの事態が太郎くんによって引き起こされたものであって、花子ちゃんには責任がないという意味でもあります。この、責任の所在を明らかにするのって、だいじだと思うのです。花子ちゃんが後日、「やっぱりチーズケーキが食べたかったな」と思ったとき、チーズケーキをゆずったのは自分だし、と考えてしまうと、今度は、チーズケーキを食べたかった自分のことを責めるかもしれませんよね。食べたいのにゆずった自分が悪いんだし、みたいな。強制されたんだ、と認めることができれば、自分を責めることはありません。ひょっとしたら次に同じようなことがあったとき、ちゃんと断って交渉できるかもしれません。

自分を責めると自尊心が下がるので、次回もまた同じようなことが繰り返される危険性が上がります。花子ちゃんが自分を責めないようにケアすることは、花子ちゃんの今後にも役立ちそうです。

 

前回はゆずったんだから今日のチーズケーキは花子のもの、少なくとも、じゃんけんで決めるべきだというのは、花子ちゃんの「じゃあどうすればよかったのか」という(こころのなかの)問いへの答えです。強制されたんだと納得したところで、今後の行動のお手本を示してあげるのは、同じようなことを繰り返さないために役に立ちます。相手の意見にそのまま従う以外にもやりようはある。これは、知っておいて損はありません。

 

もうひとつ。太郎くんに、病院には行ったのか、病院の先生はなんて言っているのか、とも聞いています。これは、責任は花子ちゃんではなく太郎くんにある、というだけではなくって、太郎くんが本来自分で解決すべき問題を、間違った方法で花子ちゃんに解決させようとしているのではないか、という意味ですね。花子ちゃんが罪悪感を感じる必要がないというだけではなく、太郎くんは自分でやるべきことをきちんとやらなければならない。花子ちゃんから(間違った)責任を取り除いて、太郎くんに正しい責任を与え直しているわけです。ちなみにこれ、太郎くんのためでもありますね。調子が悪いのならきちんとケアしたほうがいい。ほんとうはそっちのほうが太郎くんのためなんだよ、ということを、花子ちゃんも分かっていれば対処しやすくなりそうです。

 

今ひとつ納得できていない花子ちゃんへの追加説明は、次の記事で行います。

 

お兄さんのセリフは、ツイッターにおける@kmm295 さんのコメントを参考に書きました。ありがとうございました!