精神科における【誤診】のこと。
誤診というのはかなり恐ろしいことばです。昔々、東大で名医という評判をほしいままにした内科医が、解剖と照らし合わせて自らの誤診率を15%と公表したことがありました。多くの人々が「東大の先生ですら、そんなに誤診するのか」と驚いた一方で、多くの医者は「さすが東大の偉い先生だ。15%しか誤診しないだなんて」という感想を抱いたといいます。
解剖、といいました。身体の病気で亡くなった場合、解剖すれば「ほんとうの」死因がわかることが多いです。たとえば、がんは解剖すればわかります。感染症も、解剖して問題の臓器を顕微鏡で見ればわかることが多いです。多くの病気においては、解剖こそが絶対に正しい診断を与えるものとして頼りにされています。患者さんが生きている間にはわからないにしても、亡くなってからならぜったいわかるから、その人の病状や治療のデータを患者さんの治療に役立てよう、というわけです。
しかし、精神科の病気は、そうはいかないものが多いです。解剖してもなにもわからない。いつかは何かがわかる日が来るのかもしれません。しかし、そんな日はまだ来ていないのです。
誤診にはいくつかの分類?があります。私見ですので、違う意見を持っている方はいると思います。わたし自身の考えかたです。また、診断名が違えど治療法や対処法が同じであることもしばしばあり、誤診=治療が無効/有害 というわけでは必ずしもないです。
1)検査でわかるもの
上で、解剖しても何もわからないものが多いといいました。検査では何もわからないものも多いです。とはいっても、一部の病気は検査でわかります。たとえば、脳梗塞で認知症の症状をしめす人がいます。一部のホルモンが増えたり減ったりすると、気分や行動パターンに影響が出ることがあります。体調があまりに悪いと幻覚を見ることがあります。こういう、身体が原因の病気を「誤診」するのは、内科や外科でいう誤診と同じです。
ただし、検査と言っても、心理検査はちょっと意味合いが変わってきます。その読み取りは、ただの数値化ではなく、いろいろな要素を考慮に入れて判断する必要があるからです。たとえばIQ100。同じIQ100でも、その意味は一人ひとり違います。
2)経過でわかるもの
代表例は、そううつ病です。うつではじまった場合、人生で一度も躁状態を経験していない可能性は高いです。そういう人に「うつ病」の診断をくだすのは、仕方ないと考える人が多いです。(多少、他にも特徴があるので、ヒントはあるにはあります。とはいえ、躁状態を経験していない以上、決め手に欠けるのは事実です)
後日躁状態が起こればそううつ病だと診断できます。うつ病の治療がまったく効かないときに、そううつ病の可能性を考えることもあります。
「後医は名医」ということわざもあります。一般的に、あとで診る医者のほうが、情報が多いため正しい診断に近づきやすいです。
3)概念が変わってしまうもの
最近多いですね。たとえば、ICD-10ではPDD(広汎性発達障害。アスペとか高機能自閉症とか)とADHDの併存は認められなかったのに対して、DSM-VではASDとADHDの併存はかまわない、みたいなことです。
厳密には誤診ではありません。しかし、後日診断の訂正が必要となることは多いですし、しばらくたつと歴史的背景がぼやけてきて誤診のように見えることもあります。
概念がまだ定まっていないもの、新しい学説が支持されつつあるとはいえスタンダードになってはいないものも、これに含めてもいいかもしれません。たとえば、PTSDのとりあつかいとかそうですね。以前の、生きるか死ぬかのとんでもない目に遭った人のみ、というよりはもう少し広い意味で使うことが増えてきています。しかし、「全員が」納得するのはいまだに、前者の定義だったりするわけです。
4)診断が暫定としかいえないもの
すべての情報を完璧に、ということは現実問題むつかしいことが多いです。たとえば、いま60歳の人の赤ちゃんのころのようすとか、分かればラッキーですけど、どうやったって無理かもしれませんよね。発達障害の診断も、このへんを妥協して行われることが多いです。ただし、妥協の程度は医者によります。
5)そもそも、結論が出ていないもの
以前も少しとりあげました。病気の定義があいまいだったり、診断する上での優先順位が人によって異なる病気は多いのです。
精神科的内部事情。重要問題に限って結論が出ていない件について。 - 精神科医的ひとりごと(仮)
6)話をきちんと聴いていないもの・医者の勉強不足
…たぶん、多くの人が問題にしているのはこれかなと思います。(1)における心理検査の解釈も、これに入るかもしれません。聴き方もありますね。ただ聴いていればいいというわけではなくって、ピンポイントな質問が必須のこともあります。
7)いきちがい
「書類病名」が代表でしょうか。書類に、嘘じゃない範囲でできるかぎり重く書いたのを、患者さんが見つけて「自分の診断はこれだったのか!」と思い込むケースですね。薬局で渡される薬の説明書や、ネットにおける情報から患者さんが自分で「診断」を決めてしまうケースもときどきあります。
非常に避けづらいものも一部に含まれています。ただ、(2)経過でわかるもの についてはできれば経過観察させてほしいですし、(7)のいきちがいについては、できれば目の前の主治医を信じてほしいです。また、絶対間違えないように、とすると、診断をつけるのに長い時間を要し、いろいろ間に合わなくなりそうな事態はときに発生します。そのときには、暫定的な診断で治療・対処を行うこともあります。
できるかぎり「誤診」は避けるように努めていますので、協力していただけるとありがたいです。