DSMという、精神科診断の辞書というかマニュアルというか、について。

DSM、最近新しくなりましたね。精神障害の診断と統計マニュアル(現在)第5版のことです。広辞苑くらいのサイズの辞書?です。

これね、ものすごくざっくばらんにいうと、「このリストの中から2項目以上と、あのリストの中から3項目以上が当てはまる場合、なんとかかんとかという病気だと診断します、みたいな記述の集大成です。

統計(および研究)には必須です。たとえば、うつ病について研究発表をしたいときに、「そのうつ病はどういう特徴のうつ病なんだ」「それはわたしの考えるうつ病とは違う」とかいう議論が起こってしまうと、本題に進めなくなります。「DSM5におけるうつ病の診断基準を満たした人たちのことです」と言うことができれば、どんな人が対象なのか、おたがい納得しやすいですよね。

 

問題は、診断に使うべきかどうか、です。これは、精神科医の間でも意見が分かれます。

科学的根拠をもとにして作られたマニュアルなんだから、全世界共通で他の精神科医と議論するのにも便利だし、これはぜひとも使うべきだ、と言う人もいます。なにごとにも科学的根拠が求められる昨今ですから、時代に合っているといえば合っています。

DSMは少なくとも統計と研究には必須であると書きました。統計を使わないと結論が出ないほどの多くの患者さんを対象とした研究こそが科学的根拠とされていますので、科学的根拠を構成するような研究はDSMを使っている、よって、科学的根拠の根底にあるDSMは正しい(?)みたいな、循環論法になっていたりします。(じつはこれ、DSMの正しさは証明してないんですけどね)

 

でもね、統計に使える、ということは、答えやすい質問しかリストには並ばないという意味でもあります。「そんなのたずねられたってわからないし」なんて人が過半数になってしまったら、研究は成り立ちません。たずねられたってわからない、の代表は、遠い過去のことです。現在のこと、近い過去のことは覚えていても、昔のことは忘れたあるいは不正確にしか覚えていない人は多いですよね。こういうものは、チェックリストには不向きなわけです。ほかには、「それは主観や文化的背景で決まるんじゃないの?」というのもあります。

 

精神科の診断には、2つの考え方があります。

◼いまどんな症状があるか

◼過去から現在まで、どのような症状があり、どう変化してきたか

です。昔から、この2つのどっちが重要か、議論がたえません。

 

たとえばそううつ病の人が、いまうつ状態だとしましょう。いまの症状はうつ病とだいたいいっしょですね。しかしこの人の歴史をたどると、何度も躁状態うつ状態を繰り返していることでしょう。

これはものすごくわかりやすい例なのでさすがにDSMにも載っています。とはいえ、比重としては、DSMは「いまの」症状を重視したチェックリストです。悪い点ばかりじゃなくって、「いまの」症状ということは、他の医者が「それ、ほんと?」と疑ったときに確かめやすいということでもあるわけです。でもな、歴史を軽視するのもな、と、わたしはつい思ってしまいますけれど、これは、ほんとに、精神科医によって考え方が違うのです。

 

主観および文化的背景に左右される所見も避けられています。

たとえば、そううつ病にかかる人は、もともとたいへん元気な人が多いです。(例外もあります)しかしこれ、統計にはなじみません。元気な人って何なんだとか、国によるんじゃないかとか、いろいろもめそうですよね。国による、というのは、これが世界中に流通する以上、大問題になりがちです。日本ではこうだから、じゃ困るわけです。

でもここは日本ですし。

また、見た目や動作、声のトーンとかも主観的だとしてしりぞけられやすいです。見た目はまだ写真に撮れるかしら。動作はどうでしょう。身振り手振りが小さいって、何に比べて?声のトーンとか、「客観的に」と言われても困りますよね。

 

もうひとつ。

精神科の病気は、ことばと大いに関係するものが多いです。ということは、日本人のための精神医学って存在すると思うんですよね。何もかもグローバル・スタンダードを導入すればいいってものじゃないはずなんです。たぶん。