アスペ的論理/道徳その5。答えを出すにはどうしたらいいだろう?

論理というか考え方のヒントです。

たとえば、うつ病の患者さんが元気になって、薬を減らしたいな、と、主治医であるわたしが考えた、としましょう。

 

 → 薬は減らすべきだろうか?

この問いは、大きすぎて答えられません。

 

 → 薬を減らしても大丈夫だろうか?

多少マシです。でもまだ答えづらい。

 

大丈夫とかなんとか、何が心配かというと、病状が悪化しないかということと、患者さんが薬を減らすことについて不安にならないか、ということです。じゃあそれを問いにしましょう。この、「だから、何?」のステップを、「考える」といいます。

 

 → 薬を減らしたら、病状は悪化しないだろうか?

そんなのわかりません。それが確実に予想できるほどの名医じゃないです。

悪化しないだろうか、って、悪化しなければいいのだから、悪化しない方法を考えましょう。この言い換えも、「考える」に含まれます。

 

 → 薬を減らしても悪化しないようにするにはどうしたらいいだろう?

これなら答えられます。少しずつ減らすとか、診察回数を増やしてこまめに病状をチェックして必要なら量を元に戻すとかですよね。個々の患者さんによって、他にもできることはあると思われます。

 

 → 薬を減らしたら、患者さんは不安になるのではないだろうか?

これもわからないですね。ある程度は予測できるとしても、です。

そもそも、この問いの目的は、「不安を防ぎたい」ですよね。ということは、

 

 → 薬を減らしても患者さんが安心したままでいられるにはどうしたらいいだろう?

ですよね。これなら思いつきそうです。薬についてあるいは減薬プランについて改めて説明する、少しずつ減らす、上記の悪化予防とも重なる部分が大きそうです。

 

ここでのポイントは、

  • 言い換える
  • 小さくしてみる
  • そもそも何のためかもう一回考える
  • 〜には、どうしたらいいだろう? という形に変換する

ですね。4番目の、「〜には、どうしたらいいだろう? という形に変換する」は特に有用で、実行に移しやすい上に他の人も相談に乗りやすく、したがって目的の達成に近づきやすいです。

いきづまったら、試してみてくださいね。